中華民国

2017年10月13日 (金)

余命女性軍団アラカルト⑨しきのうあ

余命三年時事日記さんのブログです。




http://yh649490005.xsrv.jp/public_html/2017/10/13/1951-%e4%bd%99%e5%91%bd%e5%a5%b3%e6%80%a7%e8%bb%8d%e5%9b%a3%e3%82%a2%e3%83%a9%e3%82%ab%e3%83%ab%e3%83%88%e2%91%a8%e5%9b%9b%e5%ad%a3%e3%81%ae%e7%a7%bb%e3%82%8d%e3%81%84/



引用





★「村岡啓一・白鴎大教授(法曹倫理)は「懲戒請求は弁護士であれば対象となるのは避けられない。ただ、今回は誰でも請求できるルールを逆手に取っている。声明は弁護士会が組織として出しているのだから、反論は弁護士会に行うべきだ。弁護士個人への請求は筋違いで制度の乱用だ」と指摘している。」
☝︎毎日新聞版もそうでしたが、懲戒請求者の人数をメインに問題提起なさっていますね。
以前にも書きましたが、懲戒請求の発生にあたり請求者の人数の多少は関係が問題があるのですか。
懲戒請求は人数が少ない方が正しく、多いのは正しくないの法則でもあるのですか。
懲戒請求に人数制限を設けているのですか。
弁護士法や各弁護士会さんの会則や会規、規則に人数制限の条文があるのですか。
懲戒請求事由の深刻さに請求者人数が比例してはいけないのですか。
今回の根拠は日本国民全員にあると自分は考えますのでたとえばですが、もし日本国民全員から懲戒請求を受けたとしても、やはり同じ事を仰るのかな。
人数を問題視なさるその根拠を示して頂かないと判りませんね。
と思いました。




引用以上





余命三年時事日記
余命三年時事日記ハンドブック
余命三年時事日記2
余命三年時事日記外患誘致罪
余命三年時事日記共謀罪と日韓断交

2017年4月 3日 (月)

余命2017/3/12アラカルト

余命三年時事日記さんのブログです

http://yh649490005.xsrv.jp/public_html/2017/03/12/1578-2017%ef%bc%8f3%ef%bc%8f12%e3%82%a2%e3%83%a9%e3%82%ab%e3%83%ab%e3%83%88/


引用





.....司法の癒着が次々とさらされているが、これもそのひとつ。横浜の司法は腐っているということだな。まあ、従前からあったことが表に出てきただけのことだ。
 安倍総理の目指す「日本を取り戻す」には枝葉末節は当然のことながら、幹だけでなく根元から排除しなければならないのだ。現在、安倍政権は共謀罪の成立に全力をあげているが、成立すれば在日や反日勢力に対する大きな武器となる。日韓断交ともなれば外患罪の適用を含めて大掃除が一気に進むだろう。








.....みな知らないのだ。わかれば誰でも怒るだろう。




引用以上



裁判官の反日判決や、破れた日の丸を掲げ続けていた役場などが有る神奈川県横浜市の汚鮮状況は酷いですね。知事や市長も外患誘致罪で告発されていますね。

2017年3月16日 (木)

蒋中正像撤去

戦後体制の超克さんのブログです


http://ameblo.jp/nihonkaigi-yachiyo/entry-12251875534.html



引用



 また、ここだけでなく台湾全土に「蒋中正(=蒋介石)」の銅像が設置されていることは、日本ではあまり知られていません。
 この「蒋中正(=蒋介石)」による独裁政治の名残りを止める銅像の撤去求める法案が、台湾の国会にあたる立法院を通過したという驚くべきニュースが飛び込んで来ました。
 以下、産経新聞ニュースより引用します。

蒋介石像の撤去求める提案、立法院通過/台湾
http://japan.cna.com.tw/news/asoc/201702250007.aspx
(台北 25日 中央社)台湾各地の学校に設置されている蒋介石元総統の銅像の撤去を行政院(内閣)と教育部(教育省)に求める提案が24日、立法院(国会)を通過した。
与党・民進党の議員13人が提出したもので、「学校は民主主義を広める場。そこに政治家の銅像を建てることがあってはならない」、「蒋介石は国民の評価が分かれる人物」、「銅像を設置する法的根拠がない」などと撤去の正当性を訴えた。
台湾では、蒋介石を偉大な指導者としてたたえる人がいる一方、独裁者や「二・二八事件」の元凶とする見方もある。その銅像をめぐり、近年は 「かつての権威主義体制の象徴」などとしてペンキをかけたりする動きが活発化。2015年に台南市の頼清徳市長(民進党)も学校からの全面撤去を発表していた。
【二・二八事件】1947年、国民党政権による台湾統治への不満の高まりを背景に、台北で起きた抗議デモが全土規模の民衆蜂起に発展。事態は中国大陸から派遣された軍によって収拾されたが、犠牲になった人の数は1万8000人~2万8000人に上るとされる。



引用以上


ニニ八事件とはウィキペディアには
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%8C%E3%83%BB%E4%BA%8C%E5%85%AB%E4%BA%8B%E4%BB%B6

「二・二八事件(ににはちじけん)」は、1947年2月28日に台湾の台北市で発生し、その後台湾全土に広がった、中国国民党政権(外省人(在台中国人))による長期的な民衆(当時はまだ日本国籍を有していた本省人(台湾人)と日本人)弾圧の引き金となった事件[1]。

1947年2月27日、台北市で闇菸草を販売していた本省人女性に対し、取締の役人が暴行を加える事件が起きた。これが発端となって、翌2月28日には本省人による市庁舎への抗議デモが行われた。しかし、憲兵隊がこれに発砲、抗争はたちまち台湾全土に広がることとなった。本省人は多くの地域で一時実権を掌握したが、国民党政府は大陸から援軍を派遣し、武力によりこれを徹底的に鎮圧した。」

と有ります。

つまり中華民国による「日本人大虐殺事件」なのです。

2017年1月17日 (火)

沖縄独立のダブルスタンダード

農と島のありんくりん〜さんのブログです



http://app.m-cocolog.jp/t/typecast/610475/515571/86646283



引用




さて、ここで提言ですが、本島の「オール沖縄」は琉球新報の笛に誘われるようにして分離・独立志向を強めています。

今後、翁長氏が「オスプレイ撤去」「移設反対」で県民投票をすることがあれば、その真の主題は分離・独立です。

八重山・宮古の皆さん、本島について行ってこの愚かな企みにつきあいますか?

分離・独立の先には、中国領への編入が待ち構えているのは明白だからです。

その場合、八重山・宮古は本島の独立派が使うロジックである、「有事独立」を「先住民」として行使されたらいかがでしょうか。



オヤケアカハチ

沖縄の分離・独立派が「自分たちは日本人じゃない」と言うなら、八重山人もまた「沖縄人」ではないと言い切れます。

「オール沖縄」が「琉球処分で軍事侵略された」というなら、八重山を武力侵略したのは、他ならぬ琉球王国です。

薩摩の収奪を恨むなら、八重山に過酷な人頭税を課したのは琉球王国ではなかったのですか。
人頭税石 - Wikipedia



人頭税石

オヤケアカハチは誰と戦ったのでしょうか。琉球王朝の軍事侵略に対して激烈な抵抗したのではありませんか。
オヤケアカハチ - Wikipedia

私は本島が分離・独立という愚かしさの極みの選択をした場合、八重山・宮古は沖縄県から「先住民の民族自決権」を行使し、「八重山・宮古県」として「独立」すべきだと思います。

「オール沖縄」が使ったロジックを、そのまま逆手に取るのです。

そしてさらに、「八重山・宮古県」は本土政府へ再統合を要請して下さい。

もちろん、今日書いたことは空論にすぎません。

しかし、今やただの空論とはいえないようなことを起こそうとしている人たちが、県政を握ってしまったのは紛れもない事実なのです。

最後に「ゆう」さんのコメントにあった、石垣島初老の方の言葉で締めくくらせていただきます。

「ゆう君、君にとっては、琉球というと、沖縄から与那国島まで全てをさすと思っているだろうけど、これだけは言っておくよ。八重山は八重山であり、琉球じゃない。私は、八重山人として「琉球」と一括りにされるのは違うと思っている。」





引用以上


沖縄が日本から独立するのが可能ならば、宮古・八重山が沖縄から独立することも又可能です。
『 遠弥計赤蜂の乱(オヤケアカハチの乱)は、1500年に八重山島大浜村[1](現在の石垣市大浜)の豪族オヤケアカハチ[2]と、琉球王国(尚真王代)との間で行われた戦争である。琉球が勝利し、赤蜂を殺害した。』にあるように独立戦争を仕掛けても構わない訳です。アメリカがイギリスから独立したきっかけも税金だったのですから。

2017年1月14日 (土)

ヒトラー英雄論

よもぎねこです♪さんのブログです


http://yomouni.blog.fc2.com/blog-entry-5754.html?sp


引用

 ヒトラーはアジアに何も悪い事をしていません。
 アジアに悪い事をしたのは、イギリス、フランス、オランダ、アメリカ、それにポルトガルなどです。
 これらの国々はアジア諸国を侵略支配して、数百年に渡りアジアの諸民族を奴隷化しました。
 またその過程で虐殺や文化破壊も行いました。
 アジアの人々からすれば、悪いのはイギリス、フランス、オランダ、アメリカ、ポルトガルなどであってドイツではありません。
 ドイツはこのような国々を、後ろから打ん殴り叩きのめしてくれたのです。
 実際第二次世界大戦中、ドイツがヨーロッパで大暴れして、こうした国々の国力を大きく削いでくれたことは、後にこれらの国々が独立するための大きな助けになりました。
 アジアに植民地を持っていたヨーロッパの国々の中で、唯一第二次大戦中にドイツの侵攻を受けなかったのはポルトガルです。
 このポルトガルだけは第二次大戦後もアジア、アフリカの植民地を維持し続けたのです。
 その為ポルトガル植民地だった東チモールやアフリカのアンゴラの独立戦争は数十年に渡る凄惨な物になりました。
 これを思えば、第二次大戦後数年で独立できたアジア諸国は、幸運そのモノです。
 ワタシが東チモールの独立派だったら思うでしょう。
 ああ、ヒトラーがポルトガルまで侵攻していてくれたらなあ・・・・。
 ユダヤ人の虐殺もユダヤ人にとっては大変気の毒だし、大変悪い事です。
 しかしヒトラーのユダヤ人虐殺程度の虐殺は第二次大戦後も何度も起きていますし、またそれ以前にもありました。
 共産主義者はヒトラーのユダヤ人虐殺より一桁多い人間を殺しています。
 オランダなど長期の植民地支配の過程で殺した人の数も、ヒトラーに引けは取らないでしょう?
 オーストラリアやアメリカで行われた原住民虐殺だって大変な規模です。
 勿論、ユダヤ人が自分達の仲間を殺したヒトラーを憎み非難するのは当然です。
 しかしそれを言うなら、インドネシア人はインドネシア人を殺したオランダを非難するのも当然でしょう?
 人間は普通、他人を殺した奴より、自分の身内を殺した奴の方が憎いし、また自分の身内を殺した犯人を懲らしめてくれた奴がいれば。たとえソイツがどんな凶悪犯でも恩人として感謝するのです。
 何でアジア人が自分達アジア人を殺した宗主国よりも、ユダヤ人を殺したヒトラーを優先的に恨む義務があるのですか?
 少し脱線するけど、ユダヤ人迫害はヨーロッパ全体で伝統的に行われていたことで、ヒトラーの発明でも専売特許でもありません。
 だからナチが東欧諸国を占領した時に、地元の人達がナチに便乗してユダヤ人の大虐殺をやりました。
 ポーランドなど第二次大戦終結後にポーランドに戻ってきたユダヤ人を虐殺すると言う事までやっています。
 またパレスチナ問題に絡んで、イスラム諸国の反ユダヤ主義も燃え上っています。
 ところが大変奇妙な事に、ユダヤ人団体はこうした問題は一切不問に付して、ひたすらナチのユダヤ人迫害だけを問題にしているのです。
 しかし反ユダヤ主義はナチだけの問題でない以上、ナチだけ叩けば反ユダヤ主義が解決するはずもないのです。
 それなのにナチに関してだけは、仮装行列の衣装でも、アイドル歌手のコスプレでも大騒ぎするのに、他のホロコーストや反ユダヤ主義一切問題にしないのはなぜでしょうか?
 日本や台湾の仮装行列やコスプレよりも、イスラム教徒による反ユダヤ主義の方が余程深刻で、危機的でしょうに。
 こうしたユダヤ人団体の対応を見ていると、要するにイスラム教徒による反ユダヤは怖いから何も言えない。
 日本のアイドルやその他アジアのコスプレは、他意がないので文句を言えば直ぐに謝罪する。
 だから安直に叩きやすい所を叩いて見せるだけ、と言う極めて姑息な対応だとしか思えません。
 なるほどユダヤ人が長い間迫害されたのは気の毒です。
 しかし今はイスラエルと言う結構な強国を作り、近隣諸国を圧迫している立場です。
 だから好い加減に被害者専業と言う立場は捨てて、反ユダヤ主義には強国としての品位ある対応を取るべきでしょう。
 そうしないといつまで経っても差別される側にいるしかないでしょう。
 本当の意味でユダヤ人がその知性と能力に相応しい敬意を受ける為には、強国イスラエル国民としての品位を雅量を身に着けるべきです。
 それにしても、そもそもナチズムが非難されるのは、ドイツ民族至上主義を掲げて、他のヨーロッパの民族を隷属支配、或いは抹殺しようとしたからです。
 だからヨーロッパ人がナチズムを非難し、ヒトラーを憎むのはわかります。
 しかしアジア人がそれ付き合う義務はないでしょう?
 だってヒトラーがナチズムを掲げていた頃、欧米では白人至上主義が当然視されていました。
 ウッドロー・ウィルソンは民族自決原則から、アジア・アフリカの民族は除外しました。
 ルーズベルトは「日本人の頭蓋骨は我々白人から2000年遅れている」と言いました。
 こんな事を言っている人間がナチスの人種科学を非難できるのでしょうか?
 しかしこれが当時の欧米のリベラリズムだったのです。
 白人が白人を隷属化し抹殺するのがナチズム。
 白人が有色人種を隷属化し抹殺するのが、当時の欧米リベラリズム。
 前者は絶対悪だが、後者は人道主義と言うのは、レイシズムの極致でしょう?
 ヒトラーが悪人と言うのは、欧米の立場の話です。
 欧米の植民地化に苦しめられたアジア・アフリカの人々からすればヒトラーは邪悪な欧米人を懲らしめる為に神様が送ってくれた英雄です。
 第一次湾岸戦争の時、イスラム諸国ではサダム・フセイン支持のデモが吹き荒れました。
 インドネシアでもデモ隊の人達が、「サダム・フセインもヒトラーもユダヤ人と戦った英雄だ!!」と言っていました。
 インドネシアの総人口の90%はイスラム教徒ですから、コーランの規定からも、また現在のパレスチナ問題からも当然反ユダヤなのです。
 そして歴史を学べば、インドネシアの植民地支配で苦しめたオランダを倒してくれたのはヒトラーです。
 そういうヒトラーをインドネシア人が英雄と思うのは当然ではありませんか?

引用以上

確かに第一次世界で敗れたドイツはその植民地を全て失いました。ヒトラーの頃ドイツは植民地を持っていません。イスラム教徒から見ればユダヤ人と戦った英雄と言えるかもしれません。私は英雄とは思わないけどね。

沖縄歴史

正しい歴史認識〜さんのブログです

http://deliciousicecoffee.blog28.fc2.com/blog-entry-6496.html?sp


引用


これを読むと、日本の明治政府が独立国だった琉球王国を武力で侵略したように錯覚していしまう。

しかし、そのような事実は全くない。

薩摩藩が琉球王国に軍事行動(琉球征伐)をしたのは、1609年だ。

それ以後、琉球王国は、薩摩藩の付庸国となり、薩摩藩への貢納を義務付けられ、江戸上りで江戸幕府に使節を派遣するようになった。

明治に日本が琉球王国に行ったのは、廃藩置県であり、武力行使ではない。


また、念のため言っておくが、それ以前の琉球王国についても、支那に実効支配はされていなかった。







琉球王国は支那の冊封国ではあったが、冊封国というのは支那領ではない別の国だった。

そして、琉球王国は、1609年には薩摩藩の付庸国となった。

以上のことから、日本国民は、かつて琉球王国が支那領だったことが一度たりともないことを改めて肝に銘じるべきだ。

近年、支那は、尖閣諸島だけではなく、沖縄を丸ごと乗っ取ろうとする嘘工作も展開しているので要注意!



引用以上


翁長知事については家族や近親者が中国人と結婚しているなどと噂も有りました。デマだったようですが……。不確かな情報は諸刃の剣ですね。事実に基づいた批判をしましょう。

フライングタイガーズ

正しい歴史認識〜さんのブログです


http://deliciousicecoffee.blog28.fc2.com/blog-entry-6502.html?sp


引用



それと、実は、真珠湾攻撃よりも4か月以上前の1941年7月23日、フランクリン・ルーズベルト米大統領など米国首脳は、支那本土からフライング・タイガースによる【日本本土爆撃計画】に署名していた!

この米軍の「フライング・タイガース」こそ、アメリカが真珠湾攻撃以前から対日戦争に参戦していた何よりの証拠とも言える。

フライング・タイガースによる【日本本土爆撃計画】は「JB355」と名付けられ、1941年7月23日にルーズベルト大統領だけでなく当時の戦争長官や海軍長官なども署名した。
1941年、昆明におけるフライングタイガース



1941年、昆明におけるフライングタイガース
大戦中の義勇軍「フライングタイガーズ」 正規の空軍部隊だった 米紙が報道
1991/07/08, 読売新聞

 【ロサンゼルス七日=桝井成夫】第二次大戦で蒋介石総統の中国国民党軍に協力、中国南部とビルマ戦線で日本軍機を大量撃墜したことで知られる「フライングタイガーズ」は、日米開戦半年前の一九四一年春、米国防総省の承認のもとに空軍基地から集められた戦闘機パイロット二百五十九人による正規の“エリート空軍部隊”だった、と六日付のロサンゼルス・タイムズ紙が報じた。同部隊はこれまで、民間義勇軍とされ、国防総省自体、陸軍省や大統領とのつながりをいっさい否定してきたが、約百人の生存者が国防総省に史実を認めるよう請願、このほど退役軍人として認められたという。

 同紙によると、「フライングタイガーズ」のパイロットは、蒋介石の軍事顧問クレア・シェンノート氏によって、当時の新米パイロットの五倍相当に当たる月給六百ドルと日本軍機一機撃墜ごとに五百ドルという破格の報酬で、全米各基地から集められた。全員は農民や伝道師、エンジニアなどを装ってビルマに集結。蒋介石政権が米国に借金する形で資金を負担、弱体の中国航空部隊を裏で支えた。

 現地で飛行訓練を積んだ後、十二月の真珠湾攻撃直後から国民党軍のマークが入ったP40戦闘機に搭乗、中国南部とラングーン周辺で日本軍機と交戦し、日本陸軍航空隊の戦闘機など日本軍機二百九十六機を撃墜したとされている。

 同紙は「フライングタイガーズ」研究家デービッド・フォード氏の証言として、当時のモーゲンソー米財務長官が取り決めた国民党への一億ドルの融資が役に立ち、ルーズベルト米大統領経済顧問のロークリン・カーリン氏が計画全体の調整役を務めたとの見方を示している。

 さらに同紙は、「フライングタイガーズは大統領と米軍中枢の承認を受けている」との米陸軍航空隊ヘンリー・アーノルド将軍のメモ(一九四二年)も見つかったとしている。真珠湾奇襲の半年前に米側が軍事行動をスタートさせていたことを示すものとして議論を呼びそうだ。

「真珠湾攻撃」の5か月前 米が日本爆撃計画 「大統領も承認」/ABCテレビ
1991/11/24, 読売新聞

◆米・ABCテレビが「米の責任」論評

 【ニューヨーク二十二日=藤本直道】米ABCテレビは二十二日夜の報道番組「20/20」で、日本軍の真珠湾攻撃の五か月も前にフランクリン・ルーズベルト米大統領は、中国本土から日本への長距離爆撃計画を承認していたと伝え、同大統領は日本を意図的に開戦へ追い込んだと論評した。真珠湾五十周年を前に日本の奇襲を改めて強調する報道が多い中で、米国の開戦責任を米国側からまじめに論じたものとして異色の番組。

 この爆撃計画そのものは一九七〇年に公開された公文書の中にあったが、その後歴史家に検証されることなくやみに埋もれていたという。同テレビは当時のパイロットや大統領補佐官などの生々しい証言を伝え、米政府が日本への石油禁輸を決めた時期と対日爆撃計画承認がほぼ同時期であり大統領補佐官の証言からも、ルーズベルト大統領が日本を開戦に追い込む意図であったと論評している。

 この計画はJB355と名付けられ、一九四一年七月二十三日に大統領だけでなく当時の戦争長官、海軍長官なども署名。ビルマから中国への物資補給路を援護するため中国に雇われた米人パイロット・グループ、フライング・タイガースを率いるクレア・シェンノート氏がこのJB355計画にもからんでいた。

 米政府は日本の弾薬工場や重要な産業施設を爆撃するため、長距離爆撃機六十六機を供与するほか、数百万ドルにのぼる経費や兵員も負担することを承認していたが、これは当時の米国の中立法に反するという。

 シェンノート氏は、この爆撃により「日本の紙とマッチの軸で出来たような建物を灰に出来る」と報告していたが、作戦実施に手間取っているうちに真珠湾攻撃が始まった。

以上の事実から、日本国首相は真珠湾で「ここから始まった戦い」という発言をするべきではなかった。




引用以上


アメリカは日本の真珠湾攻撃以前に日本攻撃の為に「フライングタイカーズ」を結成し中国航空部隊を支援してしまいました。拡散希望します。

2017年1月11日 (水)

関東大震災の各国からの支援

そよ風さんのブログです

http://blog.livedoor.jp/soyokaze2009/archives/51878694.html

引用




そよ風は、科学的根拠のない数字で日本人を貶める碑が
都立横網町公園に建っている事を問題にしてきましたが、その同じ
公園内には、日本の被災を知った台湾(当時の中華民国)から
並々ならぬ支援があった事を示す鐘があります。
中華民国では、犠牲者の供養のため、仏教普済日済会を組織して
杭州や上海などで法要を行ったあと、梵鐘を鋳造し、日本に寄贈
しました。
幽冥鐘は横網町公園正門から慰霊堂に向かって左の小高い場所に
ある鐘楼内に安置されています。
当時中華民国内で「大清皇帝」となっていた愛新覚羅溥儀は、
地震の発生を聞くと深い悲しみに打ち沈みました。
そして、日本政府に対する義捐金と併せて紫禁城内にある膨大な
宝石などを送りました。
それを日本側で換金し義捐金として使うように日本の芳沢謙吉
公使に伝えましたが、日本政府は、換金せずに評価額
(20万ドル相当)と同じ金額を皇室から拠出し、宝石などは皇室
財産として保管することを申し出ました。
1923年11月に日本政府は代表団を溥儀の下に送り、感謝の意
を評しました。溥儀は後に日本の協力の下で満州国皇帝と
なりましたが、この時点において溥儀は「何の政治的な動機を
持たず、純粋に同情の気持ちを持って行った」と溥儀の帝師の
レジナルド・ジョンストンは自著の中で回想しています。

台湾が東北大震災の時に200億円もの義捐金を送ってくれた
ことは私達の記憶に新しい事です。金額で気持ちを推しはかる
卑しい事はしたくないのですが台湾の日本に対する真摯な
気持ちを忘れてはならないと思いませんか。
阿鼻叫喚の灼熱地獄の関東の惨状が世界中に知れ渡ると、
各国から支援の手が差し伸べられました。当ブログでアメリカから
の圧倒的支援について述べましたが、そのアメリカからは、
「なお希望品を遠慮なく申出られたし」との通知もあったのです。
次いで、イギリス、その次が、中華民国。
他にもインド、オーストリア、カナダ、ドイツ、フランス、ベルギー、
ペルー、メキシコなどから支援が届きました。
一般庶民感覚から言わせて頂くと、台湾という国は、今も昔も、
心からお付き合いしたい国だと思わざるを得ません。





引用以上


東日本大震災の時もそうでしたが、台湾やアメリカは多大な支援をしてくれました。付き合いたい国とそうでない国を明確にしなければならないと思います。

2017年1月 4日 (水)

余命12/29アラカルト

余命三年時事日記さんのブログです


http://yh649490005.xsrv.jp/public_html/2016/12/29/1427-1229%e3%82%a2%e3%83%a9%e3%82%ab%e3%83%ab%e3%83%88/



引用



.....全時代の老害として外患誘致罪のお目こぼしをしているのに空気が全く読めていない方たちがいる。調べてリストアップは大変な作業なのだが、確信犯として勝手に名乗りを上げてくれる。なんでだろう?






.....何回か投稿しているうちにわかってくるだろう。





.....余命サイトは素人の集まりだからね。投稿記事については読者のみなさんが判断する。特異な情報は正誤にかかわらず大歓迎である。







.....お酒の類は神棚に、余命は自宅では禁酒。食事は悲惨そのもの。1日1食と飲むヨーグルト1本。よく生きてるよなあ。



引用以上



お目こぼしをされている老害達ですがまだ、現役の大学教授なのですから、容赦する必要性はないと思います。尚、思想がどうであれ落語家は噺が上手ければそれでいいと思います。


2016年12月19日 (月)

南京虐殺は実際にあった事実です。

ねずさんのブログです。

http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-3234.html?sp

引用


中共がいう、いわゆる「日本軍による南京大虐殺」は、これは完全な「ねつ造」です。気をつけていただきたいのですが、「あった」と言っているのは、支那人による支那人への虐殺です。
これは「あった」どころか、短期間の間に4度も繰り返されています。









1 第一次南京事件(大正2(1913)年)
  張勲軍が南京に乱入し、城内の民間人に対して
  虐殺、強姦、略奪を行った。

2 第二次南京事件(昭和2(1927)年)
  国民党の国民軍が騙し討ちのような形態で南京に入り込み、
  城内で虐殺、強姦、略奪を行った。

3 第三次南京事件(昭和12(1937)年)
  南京に陣取った国民党軍が、
  日本軍がやってくるからと
  城内で虐殺、強姦、略奪を行った。

4 第四次南京事件(昭和24(1949)年)
  中共軍が南京を制圧し、資本家らを襲い
  虐殺、強姦、略奪を行った。

1~2では、在留邦人も被害にあっています。
3は、中共政府が宣伝する南京大虐殺の「前」に実際にあった出来事です。
4は、昭和24年ですから、すでに大東亜戦争も終わり、日本とはまるで関係のない状態で起こった事件です。

この1〜4は、いずれも通州事件の拡大版として、我々日本人には考えもつかないような未曾有の残虐性を持って行われたものです。
そしてこの1〜4が、さらに大きく拡大されたものが、チベットの大虐殺であり、ウイグルの大虐殺であり、内モンゴルの大虐殺であり、そして歴史上、完全に暗闇に閉ざされていますが、おそらく満州で女真人に対して行われた大虐殺です。






引用以上


第一次南京事件の「張勲」https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%BC%B5%E5%8B%B2_(%E6%B8%85%E6%9C%AB%E6%B0%91%E5%88%9D)この時は「一応」中華民国の軍人ですね。ですから、一次から三次までは中華民国が、第四次は中華人民共和国が犯人です。南京問題を解決する為には、中華民国=台湾の協力が不可欠かもしれません。

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